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訪問介護部1月

カテゴリ名: ハイ!こちら菜の花訪問介護部

新年のご挨拶が遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。

皆様はどんなお正月を過ごされましたか?

私は久しぶりに三重県に住んでいる、亡くなった母の弟(叔父)の家でお正月を過ごしました。カニに伊勢海老、松坂牛など、たくさんのご馳走を用意してくれたのですが、いちばん嬉しかったのが、私が幼い頃に亡くなった母が作ってくれていたロールキャベツを、叔母が再現して作ってくれていた事です。ひとくち食べた瞬間、懐かしくてウルッときてしまいました。涙を堪えながら食べたロールキャベツ、最高でした(涙)。また自分でも作ってみようと思います。

山本

正木の家1月

カテゴリ名: 正木の家

明けましておめでとうございます。正木の家、14年目がスタートです。

今年も正木の家は、みんなで笑って福が来る、そんな1年にしたいと思います。

昨年は悲しい出来事がありました。11月にはお父さんことK様、そして12月21日、お父さんと同じ年、同じ月に入所されたU様が永眠されました。正木の家に入所し10年と1か月、長い月日を一緒に過ごしたお二人との別れは本当に悲しく寂しい出来事でした。

入所当初のU様は、綺麗な黒髪と皺のない若々しいお肌に、大き目のメタルフレームの眼鏡をした、まさに昭和マダムのようなお姿でした。パッと見、厳しそうな容姿でしたが、いつもニコニコして、皆様の話を聞いていたのを憶えています。他の入居者様の世話も良くやいて下さり、思い通りにいかないと、時々怒ってプイっと居室に行かれたりもしていました。歌が上手で、塗り絵も得意で、芸術センスにも長けておられ、「上手ですね」と褒めると、嬉しそうに照れ笑いをしておられました。

言葉は多くはありませんでしたが、感情表現が豊かでとっても可愛らしい方でした。認知症の進行とともに身体機能が低下し、嚥下の状態が悪くなってからは何度も誤嚥性肺炎や、てんかん発作を起こして入院する日々を繰り返していました。それでもいつも奇跡の復活を遂げ、元気に正木の家に帰ってきてくれていたのです。

昨年の12月も、どこかでまた元気になってくれるのでは?と、望みを捨てきれずにいました。しかし、日に日に減っていく食事量と、苦しそうに息をする姿を見ていると、復活を望むこと自体がU様にとって辛い事のようにも感じていました。元気になってほしい、前みたいに素敵な笑顔を見せてほしいと思うのと同時に、早く楽になってほしいとも思うのです。

最後は「また明日ね」と声をかけて帰ったその日の夜でした。お疲れさまでした。安らかに永眠されますようお祈り申し上げます。

あすか

訪問介護部12月

カテゴリ名: ハイ!こちら菜の花訪問介護部

11月の夜、ベランダで黒い物体を見つけ、またゴキブリ!?と思いながら、携帯のライトで確認すると、なんとヒラタクワガタでした。逃してあげようかと思ったけど、家で飼育することにしました。

娘を呼んで捕まえてもらい、餌のゼリーもあげて、名前を「くわたさん」と命名しました。

でも、怖くて一度も触れていません。たぶん、これからも触ることはないと思うけど、年末年始も一緒に過ごし、最後までしっかり飼育してあげたいと思っています。

まり

正木の家12月

カテゴリ名: 正木の家

12月1日、新しい入居者様が入所されました。76歳の男性入居者E様です。

今の正木の家では、唯一の70代。病院で認知症と診断され、ご自分でのひとり暮らしは不安ということで、施設入所を希望されました。

要支援2で、まだまだひとり暮らしが出来そうなのですが、ご自身には不安の方が大きかったようです。ずっとひとり暮らしだったので、集団生活は?、今までのように自由の利かない生活はどうなんだろう?と不安がありました。ですが、ご本人は「前の生活とそんなに変わらんわ。」と特に気にしていないご様子。  「えっそうなの?」と安堵と共に逆にビックリ。

そんなE様。今までI様にばかりお願いしていた、お皿拭きや洗濯たたみ等のお手伝いも、嫌な顔せず手伝って下さいます。掃除機がけも、とっても綺麗にしてくれ、なんならタンスの上まで掃除機をかけてくれるほど。私のお買い物にも付き合ってくれ、重たい荷物も持ってくれます。頼りになるクールなナイスガイです。一見物静かなようですが、しゃべり出すとどんどんお喋りが進みます。ご自分の事もどんどん話してくれて、時折みせる笑顔がまたまたナイス。

まだ入所して数日。これからどんな一面を出してくれるのか楽しみです。

あすか

今おもうこと12月

カテゴリ名: 今おもうこと

下手の横好き、この何年か料理をすることにハマっています。

自分の分だけならまず調理することはないのですが、家族やスタッフに食べてもらえるものは、かなり工夫して調理します。と言っても、ほぼ目分量なので失敗することもありますが、なにやら化学の実験みたいでそれが楽しいのかも。

お世辞半分、概ね美味しいと言ってもらえるのも喜びですね。分量の調味料以外に、作り手の思いが伝わるのが料理!と陳建一さんも言ってたなぁ。下段、二丁目食堂の記事で紹介していますが、まんまる村のおむすび、しみじみと米飯のありがたみを感じる美味しさです。

機会があれば是非!寒さが体に応える季節ですが、どうぞお元気でお過ごしください。

丸山秀樹

訪問介護部11月

カテゴリ名: ハイ!こちら菜の花訪問介護部

10月の通信にも記載がありましたが、9月22日の朝すみれが亡くなりました。

保護犬の存在や、犬との関わり方など、沢山の事を教え、気づかせてくれた子でした。

すみれがいてくれたおかげで、れんげとも出会えました。

始めからお姉ちゃんがいたためか、社内に馴染むのも早く、次女らしく、マイペースに過ごしています。

ありがとう!彼女には、本当にこの気持ちしかないです。

すみれから始まった保護犬との関わり。これからも菜の花で繋いでいきたいと思います。

すみれ、れんげ、げんごろう。

詳細はまた。

ひとみ

正木の家11月

カテゴリ名: 正木の家

11月7日(木)毎年恒例の秋の遠足に出掛けました。今年は「セントレアに飛行機を見に行こう!」です。

いつもの観光バスに揺られ30分。 H様、まさかの車酔いというトラブルもありながらも無事到着。

着いたらまずは腹ごしらえ。セントレアのフードコートへ向かいます。毎年カレーが一番人気ですが、今年は海鮮丼が人気です。皆様一人前をペロリと平らげ、 W様はおしぼりまで平らげようとする始末。みんなおなか一杯でまったりしているところに、医務室で休んでいたH様が無事帰還しました。

帰ってくるやいなや、バスで散々吐いていたとは思えぬ食欲で、海鮮丼をすごい勢いで口に運んでいました。元気になって何よりです。

その後はスカイデッキで飛行機を観たり、家族にお土産を買ったりとで、第1ターミナルを満喫。

さてお次はフライト・オブ・ドリームズに移動です。到着して1階に降りると、圧巻のボーイング787がお出迎えです。飛行機をバックに記念写真だ!と、みんなで準備をしていると、「あれ?社長いないよ」と。

社長、飛行機の周り徘徊です。一人でフラフラしている姿を見つけ、そしてみんなに怒られる。社長らしからぬそんな所がうちの社長のいいところ。ってなわけで無事全員の集合写真を撮ることができました。

その後はいつものおやつタイムを満喫しバスにて帰所。帰り道、私は爆睡だった為、バスでの出来事はちょっとわかりませんが、 W様が爆睡していた事だけは、バッチリ写真に残っていました。そんなこんなの今年の遠足。

H様の車酔い、社長の徘徊・・とトラブルはありながらも、セントレアを大満喫することができました。来年はどんなトラブルが!?乞うご期待!

あすか

今おもうこと11月

カテゴリ名: 今おもうこと

選挙イヤーと呼ばれた今年、争いごとの多い国はもとより、アメリカも日本もその行く末に未確定なところ多し・と感じさせる結果になりました。

元来、政治やイデオロギーにあまり関心はなかった方ですが、若者が希望の持てる未来を見つけにくい時代だということを、日増しに強く感じ、おのずと考える時間も多くなりました。

明日のことは誰にもわかりませんが、ルター曰く「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える」。

考えてもわからないので、やはり今日出来ることを精一杯やるより他ないのかなと思うこの頃です。

寒い季節を迎えますが、どうぞお元気でお過ごしください。

丸山秀樹

訪問介護部10月

カテゴリ名: ハイ!こちら菜の花訪問介護部

朝晩、ずいぶん涼しくなりました。私の家の前には小さな川がながれています。

先日、うっかり窓を開けたまま眠ってしまい、明け方寒くて自分のクシャミで目が覚めました。

季節の変わり目です。

油断して体調を崩しやすい時期ですので、皆さまも気をつけてお過ごしください。

正木の家10月

カテゴリ名: 正木の家

9月はしょっぱなからコロナ騒動勃発です。入居者様6名、職員4名がコロナに感染。1名感染後、あれよあれよという間に感染が広がってしまいました。入居者Kさんに関しては入院、他の5名の方は重症化することなく5日間の隔離後、いつもの生活に戻ることができました。

Kさんはというと、コロナの症状はすぐに落ち着き、食事を開始したものの、拒否する日が続いているようでした。2口3口、口に入れるとその後口を一文字に閉じ、首を振ってしまうようです。正木でも時々やっていた「食べたくない」の意思表示です。そんなこんなで食事も止められ、中心静脈栄養に切り替わりました。その後もSTさんが入ってくたりしていたようですが、あいかわらず拒否の毎日。

職員さんも日替わりで、プリンやら水羊羹やらを持って訪問してくれたのですが、傾眠が強かったり、首を振るばかりで食べてもらえません。結局、食事が摂れない状態では、グループホームへの帰所は難しく、退所というかたちになってしまいました。正木の家に来て十年、最初は帰宅願望がひどく、暴力行為もありました。それでも職員や外部の人など、会う人、会う人の心を掴むKさん。みんな、お父さんことKさんが大好きでした。最後の時まで正木の家で過ごしてほしかった。最後を看取らせてもらいたかった。それが正直な気持ちです。残念な気持ちやら、どうにも悔しい気持ちが残ります。

でも本当は、お父さんが幸せに、楽しく過ごせるのなら正木の家でなくてもいいのでしょう。会いたくなったら会いに行けばいい。私たちが唯一、お父さんに出来ることは、残りの日々を楽しくハッピーに過ごしてもらえるよう願うことなのでしょう。これからもお父さんに、ハッピーな日々が待っていますように。また会いに行くからね。

あすか